占星学 ユキコ・ハーウッド[Yukiko Harwood] 星の架け橋

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私の留学回想記

 忘れもしない2007年1月30日、真っ暗な早朝に家を出て、占星学留学のため不安いっぱいの心と大きな荷物を抱えて関西空港からロンドンへと飛び立ったのですが、さて。
「占星学留学って一体何をするの?」「どんな学校に行ってどんな勉強したの?」「期間はどれぐらい?」
 これを読んでくださっている皆さん、こんな疑問が渦巻くのでは、と思うのです。
そこで今回は私の体験談。

そのキッカケは

 私が英国占星学協会会員になったのが1999年。イギリスでの年次大会に出席し始めたのが2001年。あれは確か2004年の年次大会だったでしょうかねえ。
 休憩時間に一人でビスケットを食べながら紅茶を飲んでいると、ギリシア神話の彫刻のように美しい青年が話しかけてくる。まあ、こういうこともたまにはあるもんです。

彼いわく。

「午後は誰の講義に出たの?」

「リチャード・ターナス。(アメリカの高名な心理占星学家。)

「あなたどこから来たの?」

「日本からよ。」

「ふうん、日本ではどんな人の本を読んでるの?」

「リズ・グリーンとかね、ハワード・サスポータス。メラニー・レインハートも大好き。
でも英語でしょう。辞書片手に大変よ。」


「あなたみたいな人は、CPAに入学して勉強すればいいんだよ!」

「CPAって何よ?」
(当時の私はCPAの名前を知りませんでした。聞くは一時の恥、知らぬは一生の恥と言うけど知らぬは一生の損失です。)

「リズ・グリーン(ユング派の心理学者)がロンドンでやってる心理占星学の専門校だよ。The Centre for Psychological Astrology っていうんだよ。ボクもこの学校卒業したんだ。」

「あなたイギリス人だから簡単に入学できるけど、私日本からそうそう簡単に留学できないわよ。お金もないし。」

「ボクだってニュージーランドから留学に来たよ。ボクにできて君にできないわけないよ。じゃあね!」

手を振りながらさわやかな笑顔を残して去って行った青年。

「ふうん、CPA、CPA。」わずか5分の会話が、その後の人生を決めることもあるものです。日本に帰った私はCPAの文字がだんだん頭の中で大きくなり、留学は無理にしてもぜひ一度見てみたいものだ、と一日一般受講に行ったのがその翌年。

 当時CPAはロンドンのリージェント・カレッジの1室を借りて授業を行っていました。
ホグワーツ魔法学校のような壮麗な建物。「こんな所で本物の生徒になれたら、どんなに
素晴らしいだろう。」とため息つきながら、全てが雲の上の世界でした。
 その後、日増しに思いが募り、やりくり算段もかえりみず留学を決めたのが2006年。思いがけずこの年、父が亡くなり、残してくれた幾ばくかのお金と自分の貯金全額持ってロンドンに来たのが2007年1月というわけです。

 とは言え、CPAは政府認定の正規の学校ではない。あくまで専門校です。ですからCPA入学を理由に学生ビザ取得は不可能。私はCPAと同時に政府認定の英語学校にも申込み、英語学校の生徒としてビザをおろしてもらいました。この行程、千里の道も一歩からの根気がないと気が遠くなりますね。もう一度できるとはとうてい思いません。

晴れて入学1年生

 2007年2月から、CPAの3年間デイプロマ・コースに入学した私。
このデイプロマ・コースですが、年間3学期に分かれます。授業は毎週日曜日10時から5時まで、リージェント・カレッジの1室で行われます。一般聴講生も受け付けますから毎回15人から70人ぐらいの生徒数。そして月曜日はデイプロマ生だけ、7,8人の少人数グループに分かれ、担任の先生の自宅を訪問。デイスカッション形式のレッスンに参加します。

 3年間の授業は全て選択制。3年間で講義48回とグループレッスン30回の合計78回をこなすのが必修課程。こう書くと「なんだ、簡単じゃん。1年間で26回出ればいいんでしょ。」と勘違い、あなどるなかれ。
毎年年度末に26回分のレポート(毎回の授業に関する自分なりの研究課題)を提出しなくてはいけない。1回分がA4用紙3枚ぐらいですから、本のように分厚いものを毎年出すわけです。さらに一人ずつ年度末進級試験があります。
 授業に出るのは簡単ですけどね。そこから自分の研究課題を見つけ出して、毎月2本から3本のペースで書き上げてくのが至難の技。フルタイムで働いている人には無理難題。

 で、肝心の授業の内容ですね。校長先生のリズ・グリーンをはじめ常任講師が7,8人。毎週日曜7時間、一人の講師が一つのテーマについて話し続けます。
 例えばですね、「水星」についての授業。「ホロスコープの中の水星は何を物語るか?水星はギリシア神話のヘルメス。ヘルメスは十字路に立っている。十字路の象徴するものは?
ヘルメスが持つケーリュケイオンの杖の意味は?錬金術って何と何の橋渡しをするの?
またユング心理学の元型の一つ“トリックスター”も水星の働きを表す。どうして?
水星は言語を司るというけど、言語の本質的な働きは?

 講義は神話から歴史、心理学から文学美術へと広がります。話ばかりでなく、多くの絵画や彫刻もプロジェクターで見せて頂きました。
 日本から一人で来て、すみっこで固まっていた私は最初の2か月、ノートを取るのもままならず。教室の気迫にただただ圧倒される思い。

 レポートの方ですが、担任の先生がニコニコと笑って「みなさん、CPAレポートは自分の思うままに書いていいのよ。映画のことでも昨日見た夢のことでも。あなたの言葉で感じたままに書いてね。」こう言われるとかえって書きにくいものです。
 最初の1年間は稚拙な感想文を必死で書き続けました。しかしいくら稚拙とは言え英語ですから。月曜から金曜まで毎日3時間、英語学校で猛勉強。作文に取り組む日々でした。

 そして年度末おそるおそるレポート提出しましたら、進級式にリズ・グリーンがバーンと机を叩いて一喝。「みなさん!どの先生がこう言った。あの本にこう書いてあった。そんなつまらないもの、百科事典の厚さに仕立てて持って来るんじゃない!読まされるこっちの身になって書きなさい。自分の内側から出たことを書きなさい!」
 また「CPAで勉強することの意義は3年間、書き続けることにあるの。今日書いたものを1年後、2年後、3年後に読みなさい。自分の占星学が育つ様子が後になってわかるから。」とも言われました。

そして2年目3年目

 この時からですね、自分の中で何かが芽生えたのは。レポートを書くということは自分なりの研究課題をつかまなくてはいけないのだ、と。2年目3年目は無我夢中でロンドン中の美術館や博物館を歩き回りました。
 英語の学校は英語の学校で、ケンブリッジ英検とかいろいろありますからそれはそれで手抜きできません。

ロンドンのビッグベン時計塔

 今にして思えばCPAを卒業できたのはロンドンにいたからこそ。幸いロンドンの主要美術館博物館は全て入場無料。ちゃんとピクニックエリアも備え付けてあります。
 腹が減っては戦ができぬと、かばんに水筒、サンドイッチ、サラダにビスケットにチョコレート、ノート一式詰め込んで、大英博物館の無料講演会などにも足を運びました。
よくよくあちこちのベンチで食べましたね。

ロンドンのカフェ

 そして日本にいた頃、いかに美術や世界史に暗かったかを思い知る次第。英語学校が終わると美術館に行く。そして夜は部屋で、海王星のサイクル(公転周期186年)と、美術史の流れを照らし合わせる。天王星のサイクル(公転周期84年)と世界史の本をにらめっこする。そんな日々が続きます。

ロイヤル・オペラ・ハウス

 ロイヤル・オペラ・ハウスにも足しげく通いました。霊感の泉のような場所でしたね。このロイヤル・オペラ、お値段はピンキリで最上階のベンチシートは8ポンド程度。(2014年4月1日のレートで約1300円)このベンチシートで身を乗り出しながら歌声に耳を傾けると、いろんなビジョンが現れる。それは子供の頃に読んだ童話の本だったり、亡くなった祖母の姿だったり。そういう中から「ああ、今度の海王星のレポートはサンテクジュペリのホロスコープと生涯と作品について書こう。」ふと思うのです。

ロイヤル・オペラ・ハウス
(最上階のベンチシートから場内を見下ろす)

 こうして一つテーマが決まると後は構想を練り上げるのに頭を抱え、書きなぐっては破り捨ての毎日が続きます。ビーズを1個ずつつないできれいなネックレスを作り上げるようなプロセスです。思った以上の出来ばえで我ながら感激する時。途中でどうしてもつながらず霊感も枯渇して、ふり出しに戻ってテーマを選びなおす時。いろいろでしたね。

バッキンガム宮殿の衛兵

 校長先生のリズ・グリーンは、よく「シェークスピアを読みなさい。何?誰も読んでない?恥を知りなさい、恥を。」授業中に机叩いて怒りましたね。「映画を観なさい。文学を読みなさい。劇場に行きなさい。絵画を観なさい。その中から自分の占星学が生れるの!」

 そうなんです。占星学とはホロスコープという一種の言語を通して、世界に、国家に、個人に与えられた課題を読み取っていく学問。太陽の周りを一定の周期で巡る惑星同様、地上の人間もスパイラル状の成長のサイクル、ある種のパターンを描いて行く。そしてそのときどきに直面する「霊的な課題」を理解する。不運と見える出来事の中にも私達に気づきをもたらす恩恵が潜んでいるものです。つまり「出来事の背後にある意義」をつかむこと。そこから世界の、個人の、未来を創造していく。私が思う占星学の真髄ですね。

卒業

 3年目のある日のリズ・グリーンの言葉。「みなさん。一生懸命だけど、世間に一歩出るとCPAデイプロマなんてなんの値打ちもないの。そのことを覚悟の上で来てるのね。CPAは大学でもない。占星学の学校でもない。心理学の学校でもない。CPAはCPAです。」

 ところで年度末のレポートと試験ですが、採点評価というのは一切ありません。先生方からのお手紙として返ってきます。「理解と洞察力が深まりましたね。特にこのレポートが非常によく書けていた。授業中にはもっと積極的に発言しましょう。」といった類のものです。私としては、占星学は血圧や気圧のように数値で表されるものではない、と考えるので点数がないというのも非常にうなずけるところでした。

 3年目も終盤戦を迎える頃になって私にはオマケがつきます。現在の夫との結婚です。
当時、私55才。夫68才。共に初婚で披露宴の段取りにモタモタしながらの結婚式に続き配偶者ビザの申請。そして卒業試験。翌年に晴れて卒業式へと突入していきます。

 卒業式は会場いっぱい泣きの涙で、思うに理由は二つです。デイプロマ生の多くが世界各国から留学に来ていますから、ビザの問題につけて加えて、高いイギリスの物価。難関排除しての3年間。関西空港を飛び立った日のことが走馬灯のように思い出され、隣に座っていた台湾の女性と肩抱き合って泣きました。ちなみにその隣の男性は周囲の泣き崩れる女性にテイッシュを配るのに大忙しで、卒業の感動に浸る余裕はなかった模様。

CPAの卒業式

 もう一つの理由は、期せずして私達が最後のCPAデイプロマ卒業生であったこと。 
1980年代にスタートしたCPAは毎年毎年、少人数のクラス編成、年度末のレポート、進級試験に卒業試験と講師の仕事量は膨大なもの。講師陣もほぼ全員60代になり「私達もう十分頑張ったわね!」という境地に至った、というのが私の解釈。
CPAデイプロマ・コースはこれをもって2011年、幕を下ろすことになります。

 今、思い出してもあのように密度の濃い凝縮した3年間を過ごせたのは神の恩寵としか言いようがありません。「魂が輝く。自分の太陽を生きる。」ことを稲妻のごとく体験したように思います。

 卒業前の担任の先生の言葉です。「CPAで勉強したみなさんは占星学に貢献する使命があるのよ。後世に伝えていくという使命。占星学はパーテイーゲームの星占いではないの。誰かが伝えていかないと、歴史のチリとなって消えてしまうでしょう。」

CPAの講師陣

 私がこの言葉をどれだけ実践できるかどうかわかりませんが、数多くの人でなくても、たとえ一人でも私が学んだことのエッセンスに共鳴して、また人づてに伝えてくれる人がいれば。そしてその精神が、50年後100年後の世界のどこか片隅に反映されればと願うばかりです。