占星学 ユキコ・ハーウッド[Yukiko Harwood] 星の架け橋

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第9話 マザー・イングランドの食文化:蟹座の月

 以前、ロンドンのCPA(The Centre for Psychological Astrology, ユング派心理学者のリズ・グリーンが主宰する占星学専門校)に通っていた頃の話。授業中に先生が「金星(牡牛座、天秤座の支配星)はグルメだから食べるの。月(蟹座の支配星)はお腹がすくから、飢えをしのぐために食べるの。わかる?」と言った。なるほど、先生はやっぱり上手く例えるものだな、と感心しましたね。

 ということで今回は、「マザ-・イングランドの食文化」と称して、蟹座の支配星である月についてお話しましょう。

 かつて大英帝国を誇ったイギリスは、別名“マザー・イングランド”と呼ばれるようです。(ちなみにドイツは“ファーザー・ランド”。)多くの植民地を抱え、母体をなすものという意味もあるのでしょうが、私にはメガネ越しに微笑んでいるオバアチャンのイメージが浮かぶのです。事実、世界中から難民移民が押し寄せ、バスも幼稚園も外国人の子供であふれかえってパンク状態。移民規制強化と言いますが、いっこうに減る気配がない。私もその一人なので、エラそうには言えませんが。

 先日、クリスおじさん(夫)がバスに乗ってましたら、「あんた、この増え続ける移民問題をどう思うか。」と、隣に座っていた男性が話しかけてきたと言うのです。「どこかで喰い止めんと、我々イギリス人の住む場所、働き口がなくなってしまう。」クリスおじさんをつかまえて、とうとうとぶちまけたこの男性は、イギリス人ではなくインド人だったという笑えない笑い話。

 ところでイギリスは「食べ物がまずい。」と吹聴する人がいますが、私が知る限り決してそんなことはありません。ただ日本の食文化の趣とは大きく色合いを異にする、とは言えるでしょう。例えば日本の懐石が食材や小鉢の色数揃え「目で食べる」のに対して、イギリスはやっぱり「お腹がすくから、飢えをしのぐために食べる」ことが、根底にあるように思うのです。その上、寒い国ですから「寒さをしのぐ」ことも大きな食の目的になります。

イギリスの代表的な朝食"イングリッシュ・ブレックファスト"
フライパンでじっくり焼いたトマト、マッシュルーム、ベーコン、
ソーセージ、目玉焼きなどすべて熱々でいただくのがイングランド・スタイル。

イギリスの代表的な朝食

スコーンと言われる焼菓子はお茶の時間に。
クロテッド・クリームとイチゴジャムを添えて。

 金星の女神・アフロデイーテがテーブルにキャンドル・スタンド、シャンペン、バラの花を並べて音楽かけて「オードブルはスモークサーモンと小エビのカクテルのどっちがいいかしらん。」と嬉しげに悩みながら、パーテイー準備にいそしむのに対して、月のお母さんは、お腹をすかせて、かじかんだ手足で外から帰ってくる子供たちのために、暖炉の前で温かい食べ物をタップリ用意して待ってます。

クロテッド・クリームは一見アイスクリームと見間違うような
濃厚なクリームです。

クロテッド・クリームは一見アイスクリームと見間違うような濃厚なクリームです。

ローストビーフには、たっぷりグレービーソースをかけて 温野菜を添えます。
上に載っているのは"ヨークシャー・プディング"と言われる付け合わせで、塩味パイのようなもの。

 この”マザー・イングランド“の精神は食文化にも反映されるように思います。私が見受ける限り、もっぱらシンプルで温かく食べ応えのあるものが好まれるようです。

 例えば日曜日の定番”サンデー・ロースト“。これはビーフ、ポーク、ラム、ターキー、チキン、いずれでも良いそうですが、大ぶりの肉(1キロ前後から)をオーブンで焼いたものを皆で切り分け、同じくオーブンでローストしたじゃが芋、人参、パースニップ(根菜の1種)を付け合せに。根菜類は下ゆでしてから肉と一緒に焼きますので、肉汁やスパイスをうまく浸み込ませ、照り良く縁をこんがりキツネ色に仕上げるのが原則。

ヨークシャー・プディングの中にソーセージ、ベーコン、ラムのレバーが入っていて、上にグレービーソースがかかっています。これが一人前、私にはお好み焼きイギリスバージョンに見える。

ヨークシャー・プディングの中にソーセージ、ベーコン、ラムのレバーが入っていて、上にグレービーソースがかかっています。
これが一人前、私にはお好み焼きイギリスバージョンに見える。

 さらに塩茹でしたグリーンピース、いんげん、芽キャベツなどもたくさん添えて、グレービーソースを肉野菜全体にタップリかけて頂きます。以上に加えて、ビーフはホースラデッシュソース、ポークはアップルソース、ラムはミントソース、ターキーはクランベリーソースと、いわば薬味代わりのソースの種類が変わってきます。

 そしてデザートには例えば、オーブンから取り出したばかりのホカホカの”アップル・クランブル“(イギリス版アップルパイのようなもの)にアツアツのカスタードソース(ゆるめのカスタードクリーム)をかけて食べたりします。このカスタードソースが冷めていると、皆ガッカリしますね。

ロースト・チキンはクリスマスや誕生日など、晴れの舞台につきもの。

ロースト・チキンはクリスマスや誕生日など、晴れの舞台につきもの。

 と、ここまで書くと簡単に聞こえますが、実際に仕上げるのは至難の技。50年来ロンドンに住むプロ級シェフの腕前を持つ日本人女性も「イギリス伝統料理だけは難しい。」と言います。わたしも同感です。シンプルゆえに、ごまかしがきかない。良質で新鮮な食材。素材そのものの旨味を引き出す焼き加減、茹で加減のコツ。全てをアツアツ同時に仕上げるタイミングの見極め。どこか一つつまずくと命取りになり、取り返しがつきません。年期をかけたオフクロの技で、お嬢さん芸ではできませんね。

 ちなみにクリスおじさんは上手にできます。私がやると焼け焦げの肉野菜の破片が散乱して台所は台風一過のようになります。

"ポーク・ギャモン"と言われる豚肉ローストにはパイナップルを添えて。

"ポーク・ギャモン"と言われる豚肉ローストにはパイナップルを添えて。

 占星学の本を見ると「蟹座の人は細やかな感情を持ち傷つきやすく、母性的で家庭的。料理人や幼稚園の先生に向く。」なんて書いてあります。そして蟹座の人は「安全」を求めると言いますが、この場合の「安全」とは、肩ひじ張って緊張して構えなくてもよい状態という意味。で、短絡的に家庭というキーワードが出てくるようですが、実際には血縁の家庭が針のむしろであったりもする。家庭内暴力とか家庭内離婚とかいろいろありますから。私が思うに、この家庭とは「心安らぐふるさとを自分の内面に築き上げる。」という意味ですね。

 また「月に願いを」と言うように、月は感情的に察する、応える、受け入れる力を表します。この感度が良すぎると、周りの人間の期待や恨みを吸い取り紙のように吸収して疲れますから、ますます安全で居心地のいいシェルターが必要になります。

 また心理占星学ではホロスコープの月の状態は、母親との感情体験をも物語ると言われます。「三つ子の魂百までも。」と言いますが、「子供の頃、自由にさせてもらえなかった。」「もっと頑張りなさい、といつも言われた。」こういった思いは大人になっても心の奥底に沈殿して、その人の感情生活のベースを作ります。つまり感情的にいつもお腹がすいている、あるいは食べたくないものばかり無理やり食べさせられている、という状態を作り出すわけです。で、恋人ができると、いっとき満たされたように勘違いするんですが、またすぐ元のパターンに戻ります。この心の空腹感を満たせるのは、つまるところ自分しかいないんですね。

 子供や動物、病人(要するに理論的に訴える力を持たない社会的弱者という意味です。)の世話をすることで、自分の心が癒される。これはよくある話ですね。心を込めて料理を作る。これは心身ともに人を育むだけでなく、自分をも豊かにさせてくれます。イライラ動揺してると料理はできませんから感情安定効果も大きいでしょう。

 さらに、この「心のオアシス」を築き上げるには、外国に出かけてその土地の風土気質を肌で感じることも、案外役立つでしょう。妙に郷愁を感じる異国というのもありますから。自分が求める「オアシス」の本質がよりよく見えてきます。蟹座の人は見知らないものに対して自動的に警戒心が働くと言われますが、これに甘んじて同じ環境に身を置き続けると、家で漬物つけながらグチばっかりこぼすオバチャンになってしまいます。

 蟹座の人にとってシェフや保母さんになることが目的ではなく、そのエッセンスは「揺るがない心のふるさと」つまり豊かで慈愛に満ちた感情を自分で生み出す、ということです。守り守られている感覚も大事ですね。

 私たちはみんな感情を持った人間です。日々心がぶれることが多い。動揺して腹が立って泣いたり死にたいと思ったりいろいろするわけですが、心の奥底どこかに澄んだ泉があり、そこに辿り着くことができる。その手段を自分で見つけることが究極のテーマと言えるでしょう。その方便は何でもいいんです。陶芸をする時、祭りの太鼓の練習をする時、そこに守られているという安堵感が持てたら、それはその人の心のふるさとになるわけです。蟹座の人には第一の課題になりますが、万人にとって大切なテーマです。

 イギリス伝統料理はまだまだたくさんあります。コテージ・パイ(牛ミンチ料理にマッシュポテトを乗せてオーブンで焼いたもの)とか、キッパー(にしんの燻製)とか、折にふれてご紹介しましょうね。
またお会いしましょう。